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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)10913号 判決 1973年1月26日

原告

伊藤智江

被告

朝日大親

ほか一名

主文

一  被告らは各自原告に対し金五四万円およびこれに対する被告朝日大親において昭和四六年一二月二〇日から、被告吉田建設株式会社において同月一七日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その二を原告の、その余を被告らの各負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮りに執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

1  被告らは各自原告に対し金九二万二〇〇〇円およびこれに対する本訴状送達の翌日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決および仮執行の宣言を求める。

二  被告ら

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第二原告の請求原因

一  事故の発生

原告は次の交通事故により受傷した。

(1)  日時 昭和四六年二月一三日午前七時四五分ころ。

(2)  場所 東京都足立区千住四丁目七五番地先路上。

(3)  加害車 自動二輪車(足立区ま四五七三号)。

(4)  右運転者 被告朝日大親。

(5)  被害者 原告。

(6)  事故態様 歩行中の原告に加害車が衝突した。

(7)  受傷内容 左下腿・頭部打撲傷、頭部血腔、左腓骨、脛骨骨折、頭蓋骨骨折

二  責任原因

(一)  被告吉田建設株式会社(以下被告会社という)は加害車の保有者であるから、自己のために運行の用に供する者として自賠法三条により原告の右受傷による傷害を賠償する責任がある。

(二)  被告朝日は前記事故発生に関し、次のような過失があつたから、不法行為者として民法七〇九条により右同様の責任がある。

即ち、本件事故現場は都内足立区千住の商店街にあり、歩車道の区別もない幅員七メートルの道路で、各十字路には横断歩道ならびに信号もないところであるうえ、事故当時は降雪のためスリツプし易い状態であつたから、自動二輪車を運転する被告朝日としては、あらかじめ十分に減速し急制動を差し控えて危険の発生を未然に防止すべき義務があるのにこれを怠り、制限時速三〇粁を超える時速約四〇粁で漫然進行し、しかも原告を発見して急制動した過失により、加害車が転倒して滑走し、道路をほとんど横断し終つた原告に加害車を接触させ、よつて本件事故を発生させたものである。

三  損害

(一)  慰藉料 金八四万円

原告は本件事故によつて蒙つた前記傷害の治療のため、事故当日から昭和四六年四月一六日まで六三日間内田病院に入院し、同月一七日から同年一〇月二〇日まで一八七日間(実日数七九日間)同病院に通院し、現在でも外傷部頭痛、眼性疲労、左下腿腫脹並疼痛の労災一四級に該当する後遺症を残しているから、これによる苦痛を慰藉すべき金額として、入、通院分金六五万円、後遺症分金一九万円として、合計八四万円が相当である。

(二)  休業損害 金四万二〇〇〇円

原告は楠本株式会社に勤務しているが、本件事故により欠勤したため昭和四六年度夏期賞与として、原告が本来受けるべき金額より金四万二〇〇〇円減額され、同額の損害を蒙つた。

(三)  弁護士費用 金四万円

四  結論

よつて、原告は被告ら各自に対し、右損害金合計金九二万二〇〇〇円およびこれに対する本訴状送達の翌日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三請求原因に対する被告らの答弁

一  請求原因一項の事実は認める。

二  同第二項の(一)のうち、被告会社が加害車の保有者であることは認める。同第二項中(二)は争う。

三  同番三項の事実は知らない。

第四被告の抗弁

一  過失相殺

本件事故については、原告の、加害車に対する安全確認を欠き、しかも斜めに加害車の進路前方を横断した重大な過失が寄与しているから、賠償額の算定に当りこれを斟酌すべきである。

しかるところ、被告らは原告に対し、原告の本訴請求損害以外の治療費、家政婦代および雑費の損害費目に対し、自賠責保険から填補を受けた分のほかに金一一万一、一一五円を支払つているから、これも右過失相殺の対象として斟酌することを求める。

第五抗弁事実に対する原告の認否

被告らの右支払関係の事実は認めるが、本件につき原告に過失があるとの点は争う。原告は斜め横断していたものではないし、仮りに斜め横断していたとしても、本件事故現場のごとき商店街の道路においては、歩行者の横断方法は問題にされる余地がないものというべきである。

第六証拠関係〔略〕

理由

一  請求原因一項の事実は、当事者間に争いがなく、また請求原因二項の(一)のうち、被告会社が加害車の保有者であることも当事者間に争いがないから、被告会社は加害車の運行供用者として自賠法三条に基づき、原告の本件事故による受傷損害を賠償する責任がある。

二  次に、被告朝日はその過失を争い、また被告らは過失相殺を主張するので、この点につき判断する。

(一)  〔証拠略〕を総合すると、次の事実が認められる。

本件事故現場は、千住新橋方面から千住大橋方面に通ずる歩車道の区別のない幅員七メートルの一方通行路であり、付近に横断歩道はない。現場周辺は両側に接して商店が立ち並ぶ典型的な商店街である。本件事故当時は降雪中のため見とおしは悪く路面は湿潤してすべり易い状態であつたが、事故当時の交通は閑散であつた。本件道路の制限速度は時速三〇粁に規制されている。

被告朝日は、加害車を運転して右制限速度を超える時速約四〇粁で本件道路のほぼ中央部を進行し、千住新橋方面から事故現場に差しかかつたとき、前方の道路右側から左側に向けて足早に横断しようとする原告を発見し、慌てて急制動の措置を採つたところ、加害車はスリツプして転倒のうえ約一三メートル余滑走して、道路の中央をやや超える地点まで横断していた原告に衝突するに至つた。

原告は、本件道路右側を、右手に傘を持ち、千住大橋方面に向け歩行していたが、本件道路を横断すべく左後方を見て加害車の進行してくるのを確認したが、その進行より早く横断し終るものと誤り判断して、足早にしかも加害車に半ば背を向ける形でやや斜めに横断を始めたことにより、本件事故に遭遇した。

右のとおり認められる。

〔証拠略〕によれば、原告の横断方法は著しい斜め横断であることになつているが、これは原告の後方から接近する同被告の瞬時の認識に基づくものにすぎないから、これと対立する原告本人尋問の結果と対比してにわかに採用しえないものというべく、結局、原告の進行方向に照らし若干の斜め横断であることは推認しうるものの、乙第三号証の記載ほどに著しい斜め横断であつたとまでは認定しえない。また原告が横断を始めた際の原告と加害車との距離関係について、二〇〇メートル近い間隔があつたという原告本人の供述が採りえないことは、右認定の事故態様自体から明らかであるが、一方乙第三号証記載の一三メートルという被告朝日の説明も、右判断のとおり原告の斜め横断の程度が低ければそれだけその間隔は長くなる筋合いであるし、同証の説明中被告朝日が原告の横断開始を発見し転倒するに至るまでの進行距離(五・二メートル)も、時速四〇キロメートルを前提とすれば、経験則上短きに失するから、そのとおりには採用できず、その距離は少くとも二〇メートル程度はあつたものと推認するのが相当である。次に原告本人は、原告が横断を終つた後に加害車に衝突されたとするが、乙第三号証(特に擦過痕の存在)に照らし採用しえない。他に以上認定に反する証拠はない。

(二)  右事実に基づき判断するに、本件事故現場は商店街で歩車道の区別もない道路であるうえ、当時は降雪のため見とおしは悪く路面は湿潤していてすべり易い状態となつていたのであるから、自動二輪車を運転する被告朝日としては、制限速度を遵守すべきはもちろん、急制動は差し控えてスリツプによる事故発生の危険を回避すべき注意義務があるところ、制限速度を超える時速約四〇キロメートルで進行し、しかも原告の横断を認め、慌てて急制動の措置をとつた過失により、本件事故を発生させたものといわなければならない。よつて被告朝日は民法七〇九条に基づき、前記被告会社と同様の責任がある。

(三)  しかしながら、一方原告にも、本件道路を横断するに当り、加害車が接近してくるのを認めながら、その位置と速度とを十分に確認しないで、その進行より早く横断し終るものと判断を誤り、しかも加害車に半ば背を向けてやや斜めに横断した過失があるものというべきであるから、賠償額の算定に当つて、この点を考慮すべきであるが、前認定のように商店街で道路幅員も広くないうえ歩車道の区別がなく、かつ近くに横断歩道のない場所においては、原告主張のように横断方法が無制限かつ自由であつてよいわけではないにしても、歩行者の歩行すべき場所や横断すべき場所が判つきりしていないのであるから、まず歩行者の通行の安全が優先されなければならないことを考慮し、過失相殺により減額すべき割合はおおむね二五パーセント程度とするのが相当である。

三  次に原告の損害につき判断する。

(一)  原告が本件事故により左下腿・頭部打撲傷、頭部血腔、左腓骨脛骨々折、頭蓋骨々折の傷害を負つたことは当事者間に争いがないところ、〔証拠略〕によれば、原告はその治療のため本件事故当日から昭和四六年四月一六日まで六三日間内田病院に入院し、同月一七日から同年一〇月二〇日まで一八七日間(実日数七九日間)にわたり、同病院に通院したが、現在でも外傷部頭痛、眼性疲労様症状、左下腿腫脹ならびに疼痛の後遺症状を残しており、右後遺症は自賠法施行令別表後遺障害等級表第一四級に相当するものであることが認められる。

そこで右事実その他本件にあらわれた一切の事情を考慮して、本件事故により蒙つた原告の精神的苦痛を慰藉すべき金額として、金六六万円が相当と認める。

次に、〔証拠略〕によれば、原告は本件事故当時楠本株式会社に勤務していたが、本件事故により昭和四六年二月一五日から同年五月三一日まで九〇日間の欠勤を余儀なくされ、右欠勤により同年の夏期賞与を金四万二〇〇〇円減給され、同額の収入を失つたことが認められる。

(二)  過失相殺による減額と一部弁済

右損害合計は七〇万二〇〇〇円となるところ、右損害の他に治療費、家政婦代および雑費として、自賠責保険から填補された分のほかに金一一万一一一五円の損害があり、これを被告らが原告に対し支払つたことが当事者間に争いがないから、これを右損害に加算すると八一万三一一五円となる。そこでこれに対し前記原告の過失を斟酌してほぼ二五パーセントの減額をし、そこから右被告らの支払い額を控除した残額を、五〇万円とするのが相当である。

(三)  弁護士費用

右のとおり原告は被告らに対し五〇万円を請求しうべかりしところ、被告らが任意にその支払をしないため原告は原告訴訟代理人に訴訟提起を委任し、着手金四万円を支払つたことは弁論の全趣旨により認められるところ、右認容額および本件訴訟の程度に照らし、右金額は本件事故と相当因果関係ある損害として肯認しうる。

四  結論

以上の次第であるから、原告の本訴請求は、被告ら各自に対し以上合計金五四万円とこれに対する本訴状送達の日の翌日である被告朝日につき昭和四六年一二月二〇日から、被告会社につき同月一七日から各完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 浜崎恭生)

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